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2008年11月 1日 (土)

10.27狭山集会 百名結集!狭山・住宅を両軸に闘おう

西郡支部、10月17日府労委闘争→10月24日差押え裁判→10月27日狭山闘争→11月2日全国労働者総決起集会1万人結集へ、連続闘争に決起  

「今こそ権力打倒に燃え、完全勝利を収めるべく闘う」という石川一雄さんの決意に応える西郡・狭山集会を、10月27日、西郡第3集会所でかちとった。集会は、西郡支部、八尾北医療センター労働組合の共催のもとに開催、西郡住民、八尾北労組とともに、大阪各地からも労働Dsc05168 者が参加 、100名の結集で大成功しました。この集会は、10月26日東京における部 落解放東日本共闘会議の集会、広島の部落解放広島共闘会議の集会と固く連帯しDsc05167、一体の集会として 勝ち取ったものです。
 集会の基調報告を、末光西郡支部事務局長が行いました。最初に「門野裁判長にかわり、再審棄却情勢が迫っています。労働者と部落民との階級的な団結の力で狭山闘争勝利の扉を開きましょう」「寺尾判決34ヵ年糾弾、狭山第三次再審闘争勝利 !不屈に闘う石川さんと共に、狭山・住宅を両軸に闘おう!」と呼びかけた。
 続いて末光事務局長は、「西郡住宅闘争は、供託を武器に応能応益家賃制度絶対反対を闘い、真の部落解放闘争を切り開いてきた」として西郡住宅闘争の切り開いてきた地平について提起しました。
「 私たちは2年前に支部を立ち上げ、国と八尾市を相手にして新しい住宅闘争を闘ってきました。最高裁や、八尾市・住管はウソとだましと差別とおどしで闘いをつぶそうとしました。
 私たちは、妥協や折り合いをつけず、おどしやだましに負けないで、あくまでも供託と団結を武器にして闘って来てきました。
 彼らが差し押さえ・明け渡しという伝家の宝刀を抜いたとき絶対反対の闘いが始まりました。解同本部派や全国連本部が屈服した、権力のおどしに踏ん張って勝ったのです。
 はじめは給料の1/4を差し押さえられた3人の決起です。
 06年12月、私は歴史を変えたその場に同席していました。供託を降りて「はんこ」をつけ、と迫った住管5人の目は血走っていました。あさはかにも彼らは「ここで団結をくずせる」と期待したのです。しかし3人のリーダーは“はんこ“をつくことをきっぱりと拒否し、『体を柱にくくりつけてでも闘う』と宣言したのです。その夜住管はくやしくて寝れなかったでしょう。
 2回目の山場は、08年2月でした。八尾市は、命をつないできた少ない年金を丸ごと差し押さえて、死ねとばかりに攻撃をかけてきました。28名の供託者は「負けてたまるか。やられたらやりかえす」とこれをはね返し、八尾市の犯罪を裁く提訴をしました。これが労働者魂です。それ以降、おたがいに何でも話せる仲間になりました。どこへでも出かけるようになりました。次々新しいリーダーが登場しています。品川支部や杉並支部など全国のきょうだいたち、そして労働者や学生の仲間と大合流し、西郡の闘いはここで生まれ変わりました。この二つの勇気と決断が全国の仲間の魂を揺さぶりました。 
 もう一つ決定的なことがあります。『八尾北医療センターの民営化絶対反対』をかかげて、八尾北労組が決起しました。自主運営全体に責任を取る腹を固め、首をかけて労働組合が職場で闘に立ち上がったのです。この闘いを第二組合を作って団結破壊で襲いかかる裏切り者が出てきましたが、すさまじい闘いでむちゃくちゃ団結が固まっています。そして、全国・全世界の労働者と団結を広げていく宣言をしました。これはほんとうに歴史的なことなのです」。
 さらに、明治政府と資本家達は、「資本の蓄積もないまま植民地を奪い合う戦争ができる帝国主義に一気に飛躍しなければならなかったのです。部落民をはじめ被差別人民を、これ以上ない低賃金で劣悪な条件の労働に突き落としてはい上がれないようにしておいて、労働者階級全体を分断して搾取するテコにしていきました。
 動労千葉とともに闘う米のILWU(国際港湾倉庫労組)の指導原則に『差別はボスたちの武器』労働者を他の労働者にけしかけて労働者自身を破滅させる目的のためにこそ使われてきた」とあります。ボスは資本家のことです。労働者同士を分断、対立させて搾取する資本家の武器が差別です。これと闘う労働者の武器は団結です。職場で団結して差別と闘うのです。
 何でも民営化の新自由主義と闘って労働者の国際的団結を拡大していく中に部落解放の展望があります。11月に出会い、そこに確信を抱いて進む西郡支部の闘いは、明治以来の階級分断攻撃を根底で打ち砕いているといえます。そしてそれは八尾北労組が民営化と非和解で闘い、ともに住宅闘争を闘い、西郡支部の「最大限の信頼を確保」することなしには成り立ちません。
 西郡支部と八尾北労組の団結は全労働者の団結です。私も労組の一員として、かけがえのない信頼関係と団結を更に強めて闘っていきます。 
 八尾北医療センター労組は、『支援・連帯』をこえる団結を無限に広げる展望を切り開いています。西郡住宅闘争は、部落解放闘争と労働運動の歴史を塗り替える闘いに発展しています。
 狭山闘争は、住宅闘争とまったく同じ闘いです。狭山闘争を、敵の側に回った解同本部派や全国連本部に任せておくことはできません。石川さんと力を合わせて勝利しようではありませんか」。
最後に、「 11.2労働者集会は、民営化と差別と戦争を労働者の力で止める集会です。あと1週間。隣の人をさそって11.2集会へ。共に闘いましょう。」と訴えた。11・2労働者集会1万実現への総決 起を訴えた。
 基調報告を受けて、八尾市の住宅明け渡し攻撃と闘う辻西書記長が「八尾市の供託降ろしをはね返して闘ってきた。裁判は勝ち負けではない。応能応益家賃制度は破産していることを裁判ではっきりさせる」と発言。差押え裁判原告も「差押え裁判を立ち上げるために、今年必死に、人の集まるところに行って見たり聞いたりしてきました。応能応益に勝つまで体がぼろぼろになるまで動きたおす」と不屈の決意を語った。
 また10月26日の東日本解放共闘に参加した岡邨副支部長が集会の報告。
 八尾北労組藤木委員長は、まず「本日の集会を、八尾北労組は共催団体としてなっています。私たち労組は、狭山闘争と住宅闘争を部落差別との闘いの軸として、徹底的に闘います」と最初に決意を表明。続いて「八尾北労組が民営化絶対反対を掲げて決起しようとしたとき、全国連本部は、第2組合河内合同労組をでっち上げ、労組破壊・団結破壊のために『不当労働行為』をでっち上げた。10月16日府労委闘争を労組の総力で闘い、徹底弾劾する闘いをやりぬいた。河内合同労組を第2組合を解体するまで闘い抜く」と決意を語った。
共闘 から、ス労自主労働組合、自治体の青年労働者は、「橋下はこの社会を変えるか、この国か ら出て行くしかないと言った、だったら革命を起こしてやろう」、全学連の学生は、「10月17日の法政大学の闘いのなかで、裁判所が弾圧しようが、警察が弾圧しようが「団結があれば勝てると確信した」、「学生の未来も労働者階級の未来も11.2にある。全力で11.2組織化に向かって闘おう」と訴える。さらに西郡の住民、地元で働く関西合同労組東部支部の青年労動者、地元の教育労働者が発言、が発言し、盛り上がった会場からも次々と闘いの声が上がった。
 会場は、職場で、キャンパスで、地域で、新自由主義・民営化攻撃と血を流して闘ってつくりあげてきた階級的団結で、石川一雄さんの権力打 倒の決意に何が何でも応えようと奮い立った。
狭山闘争と住宅闘争を両軸に、労働者と団結して闘う新たな狭山闘争が始まった。西郡支部は、この集会の成功をバネに、11月労働者集会1万人結集に向けて、全力で決起していった。

 

 

 

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