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2010年12月19日 (日)

狭山再審を直ちに行え

要 請 書

 東京高等裁判所第四刑事部
      岡田雄一裁判長 様          

岡田雄一裁判長 殿         
                       部落解放同盟全国連合会西郡支部
                       支部長 岡邨 洋

狭山裁判第三次再審開始を求める。

1963年5月1日、女子高校生誘拐殺人事件・狭山事件が起こりました。警察は真犯人を取り逃がし、警察の権威は地に落ちました。
 
警察は、失態をとりつくろい、労働者支配の危機を立て直すために、被差別部落に集中的に見込み、捜査を行い、5月23日、石川一雄さんを「犯人」にデッチあげ、逮捕したのです。ハンストまでして無実を主張する石川さんを、警察は卑劣なウソとダマシで「自白」に追い込み、1964年、一審・浦和地裁は、わずか半年間の審理で死刑判決。1947年、東京高裁・寺尾裁判長は、石川さんの無実を百も承知で、無期懲役の判決を下しました。
 
資本家の労働支配を維持するために国家権力が部落を襲撃して、無実の石川さんを1995年12月の仮出獄まで31年7ヶ月も監獄にぶち込んで、仮出獄以後も「殺人犯」扱いし監視して、再収監のおどしで縛りつけています。国家権力の権力犯罪、差別犯罪です。絶対に許せません。
 狭山差別裁判糾弾闘争は、無実の部落民を殺人犯に仕立てあげ、死刑判決を下し殺そうとした全過程を明らかにして、国家権力の部落差別犯罪を暴き糾弾し、石川さんの無実を明らかにし、完全無罪判決をかちとる闘いです。石川さんの「司法権力による部落差別弾劾、権力打倒」の叫びこそ狭山闘争の原点です。
 1970年代、狭山闘争は11万人決起を生み出しました。闘いの主役は部落青年と学生・青年労働者であり、都心を揺るがす実力デモが繰り返し展開されました。

それは、部落解放闘争を体制内に押しとどめようとする解放同盟の制動を超えた部落大衆、とりわけ部落青年の自己解放的決起でもあったのです。

 狭山闘争解体の「三者協議路線」に断固反対します。

 民主党・菅政権は、解放同盟の松本 龍を入閣させ、取り込み、4.9政治和解による国鉄闘争解体、労働運動一掃の攻撃を推し進める悪辣な策動を進めています。それが三者協議を使った狭山闘争破壊の攻撃です。
 
西郡支部は、三者協議にすべてを託して単なる「えん罪」として、狭山闘争の階級的発展を解体しようとすることに断固反対です。
 
それは「4.9政治和解」下にあって、国家権力の差別犯罪を暴き糾弾し完全無罪を勝ち取るという石川さんの不退転の決意と闘いを圧殺し、狭山闘争を解体し、ひいては戦後部落差別解放闘争そのものを一掃してしまおうとする国家権力の攻撃だからです。
完全無罪を勝ち取るという石川一雄さんの不退転の意志と国家権力に対する非妥協性で、狭山闘争は歴史的勝利を積み重ねてきました。
 
私たちは、部落差別による差別裁判を撤回し、無実の石川一雄さんに再審・無罪判決をおこなうよう東京高裁に要請します。

                           2010年12月10日

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