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2011年6月

2011年6月26日 (日)

懇談会に参加しよう

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2011年6月17日 (金)

スケジュール

<スケジュール>

西郡の更地化=廃村攻撃を許すな!支部1000名建設の力ではね返そう!

西郡支部1000名建設に向けたこん談会

  ● 6月21日(火)よる7時~  桂人権コミュニティセンター
 ● 6月23日(木)よる7時~ 33棟集会所
  ● 7月1日(金)よる7時~  末光事務所

*ご都合のいい会場にお集まり下さい*

■7月15日 八尾北医療センター明け渡し弾劾裁判

    午後2時半 大阪地裁202号大法廷

    *2時 裁判所北門付近に集まって下さい

■7月24日 部落解放同盟全国連西郡支部大会

    午後  桂人権コミュニティセンター

■7月26日 住宅明け渡し弾劾裁判控訴審判決闘争

    午後3時 大阪高裁 202号大法廷

    *2時半 裁判所北門に集まって下さい

■6.19怒りのフクシマ大行動

  放射能に未来を奪われてたまるか!
  全ての原発を止めよう!

  日時 6月19日(日)午後1時~
  場所 福島市・街なか広場(JR福島駅東口徒歩5分 栄町交差点)

  主催 6.19フクシマ大行動実行委員会

■7.3関西空港反対全国集会

  関空の軍事空港化反対!関空・伊丹統合法に反対! 市職員給与2割カット反対!
    全原発を廃止しろ!三里塚、沖縄と連帯して闘おう!

    日時 7月3日午後1時30分~
  場所 
末広公園
(クリックすると地図が表示されます)

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西郡更地化=廃村攻撃を許さないぞ!

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2011年6月 9日 (木)

地域こんだん会に参加しよう

2

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2011年6月 7日 (火)

住宅明け渡し・更地化許さないぞ!7.26明け渡し弾劾裁判控訴審判決闘争に決起しよう!

5.31明け渡し弾劾裁判控訴審、証人申請却下・結審弾劾

 「不当な裁判を許さないぞ!」「証人を認めろ!」「支部1000名建設の力で打ち返すぞ!」住宅明け渡し弾劾裁判控訴審第一回裁判は、安原清藏裁判長の反動的訴訟指揮に対して、岡邨洋支部長、田中由加さんを先頭に傍聴席を埋め尽くした西郡住民・支援の労働者による怒りシュプレヒコールが爆発する怒りのるつぼと化し、支部1000名建設に向けた新たな闘いの戦闘宣言の場となった。
 5月27日大阪高裁202号大法廷は、マイクロバス三台で西郡から参加した住民、関西労組交流センターの支P1070609援の労働者によって埋め尽くされた。
 裁判は、最初に住民三人によるの意見陳述で始まった。 岡邨洋西郡支部支部長、田中由加さん、体調悪く欠席した辻西幸子支部書記長の意見陳述書は田中さんが代読した。(三人の陳述書は別掲)。三人の陳述は、八尾市と国の住宅政策を徹底弾劾し、八尾市の応能応益家賃制度の導入が西郡の村の二分の一を更地化し、団結と共同体としてのつながりを破壊、廃村にする攻撃であることを暴き出し、三人を先頭に西郡住民は絶対反対を貫いてたたかいぬくことをきっぱりと言い切った戦闘宣言だ。三人の陳述の迫力の前に、田中誠太・八尾市長の代理人として出席した住宅管理課職員はただうつむくだけで顔を上げることができない。
 続いて被告代理人から八尾市の住宅政策を弾劾する証人申請を行う。八尾市の更地化攻撃の対象の団地に住むAさんだ。Aさんは「自分は絶対に出て行かない」と決意している。 裁判所は、大傍聴団の迫力に恐れ、いったん控え室に戻って合議という体裁をとるが、結局、三人の意見陳述に応えることなく、証人申請を却下したのだ。断じて許さないぞ!証人調べを行え!「こんな裁判やったら裁判所なんかいらん!控訴審の結審を言って足早に法廷から逃げるように出て行く三人の裁判官、八尾市住宅管理課にたいして被告・傍聴団一体となった怒りのシュプレヒコールがたたきつけられた。
 総括集会では、岡邨支部長、田中さんから不屈に闘う決意が述べられた。証人に立つことを決意していたAさんは「残念だ。法廷に出て八尾市に怒りをぶつけたかった」とかたった。参加者は、裁判所の反動的訴訟指揮を弾劾するとともに、三人への住宅明け渡し絶対阻止、八尾市の西郡廃村化攻撃と対決する西郡支部1000名建設に向かって全力で突き進むことを共同の決意として確認した。
 次回、7月26日(火)午後3時 202号法廷に結集を訴えます。

                         陳 述 書

                                            2011年5月31日
                                              岡邨 洋

 八尾市の私たち3人に対する住宅明け渡し攻撃は、大資本が生き延びるために、本気で西郡の2分の1を更地化し、廃村にし、「お上に逆らわない、何も闘わないムラ」に変える、そのためにみんなの先頭で闘う私たち3人をムラから叩き出すという攻撃です。
 これに対して西郡には、国や行政と闘ってきたムラの歴史と誇り、団結と怒りがあります。解放運動の血と汗がしみ込んだ、そしていま新たな解放運動の拠点としてそびえ立つ西郡だからこそ、八尾市も後に引けないのです。住宅明け渡しは、単に、応能応益家賃制度、住宅問題のレベルの問題でなく、西郡の歴史と現在、未来の一切がかかった攻防です。

 八尾市の狙いは、昨年11月7日の「住み替え説明会」等を通して改めてはっきりとつかめました。住宅の建て替えは、高砂保育所跡地に建設中の「新1~5」号棟だけで、古い住宅からは住み替えろと言ってきています。古い住宅は住民ゼロのカラの団地にして、つぶして更地にして売りとばす。引越し先の住宅からも、家賃が上がり住めなくさせ追い出す攻撃です。
 この控訴審では、住宅の新たな住み替えの事実について証人を申請しています。証人の彼は「西郡をつぶすための、住み替えなどしない」と怒っています。
 八尾市と解放同盟本部派の吉村と地区協、ムラの裏切り者が手先となり西郡を更地にし廃村にしようとしている。ふざけるな!ムラのみんなが協力し、差別をなくす思いで国と闘って建てさせた歴史のある住宅です。八尾市や吉村、地区協の好き勝手にさせてたまるか!
 今年の八尾市議選で住民は、「利権のための運動はもういらない」、「地区協のムラ支配はもう終わりだ!」と吉村と地区協に決別し決起したのです。ついに、今までの吉村や地区協のムラ支配を木っ端みじんに吹き飛ばし、決着をつけたのです。

 非正規職化、首切りなどの新自由主義の攻撃が、部落差別を使って労働者階級を分断して、まず真っ先に部落民に襲いかかってきています。このとき、「差別だ」と言って国や行政に補償をさせる利権めあての今までの解放同盟本部の運動は、何の力にもならないどころか、運動の側からも「差別」を使って分断に竿をさし、この新自由主義の攻撃をより一層に進めています。
 西郡の本部派の運動も、部落民の真の解放ではなく、一部の解放同盟本部派の幹部やその傘下の地区協の利権に汚れた運動であり、私は、それが嫌で、嫌でしょうがなかった。
 しかし、住宅闘争14年の闘いと八尾北医療センター明け渡し阻止の10年の闘いが、私自身を転換させた。真の部落の解放が、労働者との闘う団結の拡大の中にあった! 人と人の繋がりと自分自身を解き放つ闘いが、私自身に部落民の誇りと労働者の誇りを蘇らせ、一緒に闘う事の大きさと団結に無限の力があることを私は掴み取りました。この新たな部落解放運動を手にした全国連西郡支部の真の部落解放を掲げ、前進していきます。

 私たち全国連西郡支部は、5月22日、関西狭山集会を西郡の地で、支部員さん、地域住民と闘う各地の労働者、学生の仲間と共に行いました。八尾北医療センター明け渡し阻止で10年闘う地元の拠点労組である八尾北労組、さらに八尾北命と健康を守る会と一丸となって闘いました。
 集会では、3・11、東日本被災地の現実は、新自由主義の破産の結果であること、「原発は安全」のお墨付きを与えてきた大資本、政治家、御用学者こそ、極悪の犯罪者なのだということを明らかにし、西郡・八尾北の闘いは、被災地労働者の生きるための必死の闘いと同じであることをはっきりさせました。西郡で、全国で、部落大衆、労働者の生きんがための闘いは巻き起こっています。
 今、西郡で起こっていること、住宅の追い出し、八尾北医療センター明け渡し、桂小学校・中学校の統廃合、老人センターの指定管理者制度の民営化の攻撃を打ち砕く、新たな部解放運動をムラの住民一人一人と繋がり一緒に作りだそう。闘う拠点として西郡支部1000名建設でムラを変え、社会を変えるんだと訴えました。
 この力で新自由主義と対決し、そして石川一雄さんと連帯し、第3次再審を勝ち取るんだと戦闘的にやり抜きました。

 もしも、資本、政治家、御用学者と一体となって「原発は安全」のお墨付きを与える判決を繰り返してきた裁判所が,私たち3人の住宅明け渡しを認め、西郡住民の「住む権利」「生きる権利」を法の名によって踏みにじることを繰り返すのならば、裁判所・司法に対する「幻想」を根底で打ち砕く弾劾の声となり、実力決起の合図となるでしょう。

 最後に 今日の住宅明け渡し控訴審で、応能応益家賃で住民を追い出した八尾市の西郡廃村攻撃の新たな事実の証拠に証人申請をしています。証人を認め、ただちに審理されるようお願いします。
 これで私の陳述を終わります。                              以上

                           陳  述  書                                                

                                               田中由加

 私たちは、家賃の支払いを無視しているのではなく、支払い意思があるから供託している。
 なぜ供託しているかは、この西郡は更地に建った団地ではない。私たちの先祖が、ひどい差別を受け(この差別も国が作り出したもの)、苦しい時代を生き抜いてきた中で西郡が少しでも良くなるならばと、土地や建物を手放した。
 立ち退きの条件として、団地への入居と一律低家賃が市長によって約束された改良住宅である。
 応能応益制度さえなければ、今でも西郡住民は幸せに暮らしている。それを地区協と八尾市・住宅管理課がグルになって私たちの生きる権利や住む権利さえも奪おうとしている。

 家賃問題解決の意思があることを田中市長に申し入れ、田中市長から現場の責任者と話し合いの場を持つよう約束した。
 私たちは何度も「来庁」しているのに、そのことはなかったかのように私たちが全く話し合いに応じなかったとウソをつく行政。裁判というのは、本当のことを言わないといけない場であるのに、本当の話をねじ曲げる行政。
 しかも司法は、その行政による権利侵害を正すべき立場であるにもかかわらず、同じように、私たちを追い出すような判決を出した。この判決が本当に正しいのか今一度考えてもらいたい。私たちの苦しい思い、長い間なぜ供託して闘っているのか、正しい判断をしていただけないならこんな裁判所なんていらない。

 昨年3月八尾市は市営住宅機能更新事業計画を出してきた。財政難だから新「1~5」号館を建てたらもう建て替えないと言っている。しかし新「1~5」号館は80世帯しか入れず、家賃は最高で10万円もするのだ。1号館~8号館12,13号館、店舗1~3号館に住んでいた世帯は328世帯あったのに、応能応益家賃で追いだし、空き家だらけにし、現在は88世帯になっている。その人達に住み替ろと言ってきている。
 さらに私が住んでいる17号館を含め14号館~23号館、28号館も「建替え予定」だが、建替えも改修もしないでそのままだといっている。高齢者が死んでいき、若者が出て行くのを待って追い出してつぶす気だ。
  さらに、私が学んだ桂小学校、桂中学校、そして私が今勤務している八尾北医療センターまでつぶそうとしている。

 民間用地が不足していると言って、市営住宅をつぶして更地にして売りとばそうとしている。ふざけるな。「全部建て替えると言っていたのに話が違う」「子供が働くようになってドンドン家賃が上がる。住めないのなら建て替えても意味がない」「西郡をつぶす気か」と怒りの声がわき起こってきている。こんなことを誰も許しはしない。

 たたかいはこれからです。団結のちからで、若者も住めるムラと住宅を必ず取りもどします。                                               以上

                      陳  述  書

                                               辻西幸子

 私は、68年間この村で生まれ育ち、この地で骨を埋める。子や孫にかて、普通の人生を終える権利があります。これがあたりまえやのに、この十数年間、地元議員吉村晴之の利権関係で、この改良住宅に応能応益家賃を、全国のトップを切って八尾市は適用しました。
 私たちは八尾市に抗議を再三しつつ、話し合いの場を求めてきました。しかし、八尾市は一切話し合いに応じず、今ここにいたってもそうです。
 その結果、地域の内から若い人は出て行かざる得なくなりました。若者が住めない、このままでは、この地域は、独居老人ばかりになり、親子も一緒に住めなくなり、親の看護もしかり、親から子に引き継がれる絆も薄くなってしまいます。
 すべては、応能応益家賃の結果です。応能応益家賃は、地域住民の住宅を取り上げ、人間の絆さえも断ち切ってしまう間違った制度、法律であることが、私たちの14年の闘いの中ではっきりしました。
 応能応益家賃は、廃止しかないんです。私はこれから先、何年生きられるか分かりませんが、この地域でもう一度以前のように家族が笑って安心して生活できる昔の生活に戻りたい。

 また、この度の一審の判決でも、私たちの精いっぱいの訴えや問いかけにも、何ひとつ耳を傾けていただけていません。改良住宅・同和住宅の建設の経緯、35年間の一律低家賃の実績、地元住民の合意なしの応能応益家賃導入のやり方、八尾市の卑劣な供託者つぶしの数々、応能応益家賃導入後のムラの現実、供託をつづけ話し合いを求め続けてきたこと、応能応益家賃がすでに破綻していることなどなど、何ひとつ一つ私たちの訴えに対して答えて頂けていません。

  挙句の果てには、末光議員と橋本建築長らの話し合いにおいて、橋本建築長が9月17日の期限を「一旦待つ」と約束したことを証拠に基づいて明確に認めながら、しかしながら、田中健治裁判長は、末光議員はおろか、その現場においては橋本建築長らさえも、思ってもいない様な作り話をでっち上げ、この話し合いは本裁判の被告ら3人以外の供託者についての交渉と解するのが相当と、白を黒と言いくるめる判決文を書き、住宅を明渡せと判決しました。
 私たちを法の下で殺しにかかっている、私も年のせいかそのように受け止めました。
100年、200年の先祖を守り続けてきた私には、目の前が真っ暗になりました。 

と同時に、裁判所は事実、真実にもとづいて公正、中立な判決を書くところとではないんだ。裁判長は追い詰められれば差別分断を使い、いくらでも白を黒と言いくるめる作り話をでっち上げて判決を書く。こんなことで人の一生、人生が決められてたまるものか。言いようのない怒りの中で、確信しました。
 狭山事件で殺人犯にでっち上げられ不当逮捕から48年にもなる無実の石川一雄さんの怒りや無念がどれほどのものなのか、その一端を身をもって知りました。

 前回の裁判では、私たちの思い、願いは届きませんでした。残念です。
どうかこの度においては、何とか地域のみんなが、笑いながら生活できるよう、裁判官の思いで、判断で取り組んで下さい。
                                                                  以上

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