明け渡し弾劾裁判

2013年11月20日 (水)

11・21住宅裁判に結集を

11・21西郡住宅裁判にをともに闘おう!

11月21日(木)午前10時大阪地裁1階ロビー、午前10時半大阪地裁民事1007法廷に集まろう

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2013年6月25日 (火)

7月14日、新自由主義と闘う新たな全国組織=全国水平同盟の結成勝ち取ろう

7月14日、全国水平同盟結成へ、西郡・桂人権コミュニティセンターに集まろう!

6・9国鉄闘争全国運動大集会で宣言された4ヶ月決戦と一体で闘われる7.14全国水平同盟結成大会に向かう決戦のまっただ中の6月20日、西郡10家族の住宅明け渡し弾劾裁判

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闘争が、1007号法廷(大阪地裁民事24部古財英明裁判長)でたたかわれた。

2011年7月27日、八尾市は、田中市長名で、供託者に対して「全額納付または納付相談がない場合は、住宅入居契約を解除する」という催告状を送りつけてきた。これに対して、西郡支部と供託者は、住宅管理課と日程を調整し、同年8月25日に納付相談に住宅管理課に行った。ところが橋本課長ら住宅管理課は、「プライバシーなんか問題ではない、一緒に納付相談をやってくれ」といっているにもかかわらず、「個別にしかできない」といって納付相談を拒否したのであった。一切の責任は八尾市にある。応能応益家賃制度の違法性とともに、10家族の住宅追い出しに1ミリの正当性もないのだ。

法廷では、弁護団からは5人の証人調べを行うことを求めた証拠申出書が裁判所に提出された。まず住宅追い出しの不当性を明らかにすべく、田中誠太八尾市長と橋本住宅管理課課長の証人尋問の申請を行った。

 田中八尾市長

  (2)立証趣旨

   ア 八尾市営住宅機能更新事業計画策定の経緯、同計画が西郡住宅が地域住民が土地や家屋を提供した上に建設されたものであるという経緯を無視して策定されたこと

   イ 本件納付相談について、個別相談でなければ相談に応じないことを決めた経緯等

 橋本住宅管理課課長

  (2)立証趣旨

   ア 本件納付相談に至る経緯

   イ 本件納付相談の状況

さらに明け渡しとたたかう供託者の家族を代表して、島瀬とよ子さんと青年部長の佃文弘君、そして2011年8月25日に10家族とともに納付相談に行った末光道正議員(当時)・八尾北医療センター院長の証人申請を行った。

八尾市の代理人は、この証人申請に対して、態度を明らかにしなかった。このため、証人採否について、裁判所は決定を行わず、7月以降に持ち越された。

6.20住宅裁判は、八尾市への怒りをかき立てずにはおかない。
西郡支部は、6月21日から始まる連続こんだん会-労働相談会の成功を勝ち取り、7.14全国水平同盟の結成大会へ全力で突き進む。7.14西郡へ来たれ!

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2012年8月27日 (月)

8・23西郡住宅裁判

8.23住宅明け渡し弾劾裁判、団結新たに佃さんの意見陳述勝ちとる

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8月23日(木)大阪地裁1007法廷で闘われた住宅追い出し弾劾西郡住宅裁判は、当該の佃照夫さんの意見陳述を勝ちとり戦闘的に闘われた。これまで大阪地裁は、一人一人裁判をバラバラに押し進めようとしたが、供託者の当該の団結と法廷内外の戦闘的闘いによって、この分断を打ち砕き、ついに統一裁判を裁判所に求めさせた。本日がその第一回の口頭弁論であった。発言に立った佃照夫さんは、気迫を込め、一語一語力を込めて意見陳述を行い、八尾市を弾劾し尽くした。
 
とりわけ、本日の裁判の直前の8月21日、岡邨さんへの給与差し押さえ攻撃を怒りを込めて弾劾した。
 
八尾市は、住宅明け渡強制執行を粉砕した岡邨さんに対し、供託を理由とする架空の最高家賃と八尾市の一方的契約解除後はその2倍の金額を払え、合計1340万円を払えと言うデタラメな催告に基づいて、給料と預金を差し押さえてきました。悪徳サラ金以上のやり方です。絶対に許せません。
 全国の労働者の力で、西郡住宅闘争の勝利を勝ちとろう。9月八尾北医療センター明け渡し弾劾裁判控訴審闘争へ総決起しよう。

 私たちは、八尾市の問答無用のやり方に対して、国会前を埋め尽くす100万の労働者の決起と結びつき、世の中を根本から変えるまで闘います。

佃照夫さんの意見陳述を掲載します。

建物明渡等請求事件
 
                                      意 見  陳 述  書

                                                                              平成24年8月23日
                                                                            佃 照夫

 私たちは一貫して、八尾市のいう応能応益家賃制度導入に対し15年間反対し闘ってきました。市は供託しながら話し合いを求める私たちの態度を受けつけず、嘘とだましにより、家賃を支払わないということで裁判にかけ、「勝訴したので話す必要はない」と、供託している私たちに高額な家賃を請求してきたのです。しかし私たちは住宅裁判で、未だ応能応益家賃を正当化する八尾市に対し絶対反対を訴え続けています。
 なぜなら改良住宅のこの家賃は、一般の公営住宅と違った性格のものです。地域住民の代表との話し合いの中で、地域改善の名のもとに私たちの土地、建物、借家を、市に協力して提供し、一律低額家賃という条件で改良住宅が建設された経緯で成り立っているからです。
 応能応益家賃制度導入によって、若者の共働きや親と一緒に同居して働いていた者が、家族全体の総収入によって家賃が決められるため、高額な家賃となり、公営住宅や改良住宅から出て行かざるをえない状況です。西郡では、ここ10年の間に1000人以上もの若い人たちがムラから離れ、人口も激減している。この結果、市内において西郡地域は、高齢者が最も多く、子供が最も少ないムラになっており、しかも独居老人が増え続け、孤独死や自殺者が出てきているのです。今年の八尾市全体の小学1年生の児童数、2,278人の児童に対し、たった8名が西郡であり29校中最も少ない児童数になっている。明らかにこの応能応益家賃制度導入によるものだといえます。
 また八尾市は市営住宅機能更新計画を打ち出した事業においても、建て替えを口実に、新しい43棟を建ち上げはしたものの、当初の家賃より3倍以上になる家賃を公表せず、住み替えたくても高い家賃で入居出来ずに西郡から出て行っている住民が出てきている。さらに、高齢者や身体が不自由な人が1階に住み替えたくても5~6年待ちという始末です。機能更新・更地化が先決で、高齢者や病人は後回し、住民はこのことで怒っているのです。
 市の住宅更新計画は、住民を住宅から追いだし、バラバラにし廃村に追い込もうとしているのです。それだけではありません、西郡地域になくてはならない八尾北医療センターを廃院に、桂小・中学校、福祉施設などを統廃合し、西郡地域丸ごと更地化し民営化を計って大手企業の利益のため、そして市の利権がらみのため、西郡住民を犠牲にしているのです。
 吉村議員の見返りも、西郡の更地化を市の住宅機能更新計画にそって、自らが受け皿になってすすめるというものです。「八尾北まちづくり」法人を設立させ、解放同盟本部派・地区協の役員を全て理事として当てがうという卑劣な行動であり、断じてゆるせません。
 応能応益家賃制度は私たち住民にとって苦しめる制度であり、こんな公営、改良住宅家賃の決め方は間違っています。このような理不尽なことがゆるされていいのですか。本来の行政の仕事は私たち住民を住みやすく豊かな生活を目的に行うことではないのですか。住民を苦しめるような行政であってはならないはずです。議員の保身や利権のための応能応益家賃制度の導入は間違っています。
 裁判においても、裁判官は行政と同じ立場に立ち、八尾市側に有利に運ぶ反動判決を下しています。裁判長! 私は法である前に人としての倫理、道義を考えてみたとき、人としてあるまじき行為は断じて許されません。
 去る2月28日、大阪地裁の高石執行官が、私たちと共に闘っている岡邨氏に対し住宅明け渡しの催告を強行しました。しかし、後日郵送されてきた執行調書は、闘いの前進に追いつめらてれ、当日の催告に立ち会ってもいない立会人の氏名を記入し捺印まで押し、そればかりではなく岡邨氏本人の署名捺印を取り忘れたまったくずさんなものでした。こんなもので強制執行してきたのです。みんなの怒りの追求の前に、八尾市は姿を現さず、執行官は2度も逃げ帰りました。そして後日の強制執行の日時も追って通告するといいながらも、何の通告もなく全くのだましうちで、4月19日本人が不在の時を見計らって執行官が執行業者と共に執行を行い、私たちの抗議に面と向かわず無言のまま立ち去っていったのです。こんな違法無法がまかり通っていいのか。断じて許されません。今やムラには怒りが充満しています。
 3月18日においても全国の公営・改良住宅に入居している住民や民営化と闘う労働者600名が西郡に結集し、私たちの正しい闘いに賛同し、西郡から八尾駅までデモンストレーション行動で市民に訴えました。
 大阪の橋下市長も自ら、解放運動の歴史をもつ施設などの拠点を2年後に全て全廃し、特区による民営化、道州制を公言しているのです。この事は八尾市の西郡に向けられたムラを解体し廃村にする攻撃とまったく変わりません。こんなことを誰もゆるさない。私は応能応益家賃制度によるムラつぶしや更地化に絶対反対し、市との話し合いを求めみんなと一緒に訴えます。
 5月24日、八尾市が起こした八尾北医療センターの明け渡し裁判において、裁判長は市の訴えに対し、全面棄却の判決を下しました。この判決は全国の労働組合や労働者、そして地域住民、患者の守る会の力によって勝訴したのです。にもかかわらず、八尾市は何の反省もなく控訴をしました。全く許せません。私たちはこれからも住宅明け渡しの裁判と共に、八尾北医療センターの控訴に対し訴えていく覚悟です。

   一昨日の8月21日、八尾市は、住宅明け渡強制執行を粉砕した岡邨さんに対し、供託を理由とする架空の最高家賃と八尾市の一方的契約解除後はその2倍の金額を払え、合計1340万円を払えと言うデタラメな催告に基づいて、給料と預金を差し押さえてきました。絶対に許せません。これは岡邨さんへの弾圧であり、私たちに対する「裁判をやめろ」と言う脅しです。さらには、10・1JR外注化阻止、9・16橋下打倒、反原発、オスプレイ反対闘争への弾圧です。しかし、弾圧は、私たちのたたかいの前進と勝利の証です。こんな問答無用のやり方に対して、私たちは岡邨さん、西郡住民、全国の労働者と団結し絶対反対で闘いぬき、この世の中を根本から変えるまで闘い抜いていきます。(以上)

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2012年6月11日 (月)

住宅裁判併合勝ちとる!

団結の勝利だ!

分断攻撃はね返し、住宅裁判の併合・統一勝ちとる!

 国家権力・大阪地裁と八尾市は、西郡住宅裁判の破壊攻撃として、10人の住宅裁判を個別・ばらばらに開くという分断攻撃をかけてきた。更地化攻撃と一体の住宅裁判破壊攻撃だ。
 こんな不当な攻撃をどうして許せるか!西郡支部と住宅裁判当該の弁護人を通じて、裁判の併合を再三抗議申し入れを行ったにもかかわらず、大阪地裁は、強行に住宅裁判の併合を拒否してきた。裁判所は、4月から5月にかけて10回の口頭弁論が指定してきたが、支部と当該は出席を拒否し、粘り強い抗議の申し入れを行ってきた。
 今月6月も、6月7日(木)の裁判を皮切りに7月2日まで10法廷が予定されていた。住宅闘争の分断・破壊を許さないぞ!と傍聴闘争に決起した。
 7日に1一つ、8日に三つと連続して傍聴闘争に決起した。とりわけ8日の裁判では、明け渡し裁判を闘う当該が意見陳述を裁判所に叩きつけることを決意し、供託者を先頭に西郡支部・八尾北労組・八尾北命と健康を守る会、関西労組交流センターの労働者が決起した。傍聴闘争を恐れ、24人の小さな法廷を裁判所は指定してきたが、傍聴席を36人が埋め尽くして、法廷を溢れる傍聴闘争で分断裁判を弾劾した。
 大阪地裁はこの闘いに圧倒された。八尾市も分断裁判の強行を主張することができなかった。ついに大阪地裁は大阪地裁24民事部で併合することを表明した。6月12日以降の裁判の日程を全部取り下げた。大勝利だ!団結の勝利だ!
 8日の三つの住宅裁判が終わった後の総括集会で、弁護団からもこの分断攻撃をうち破った意味は大きい、と意義が話された。
 住宅闘争を、西郡更地化廃村攻撃粉砕、道州制粉砕・橋下打倒!の闘いの中に位置づけ、全力で闘おう。併合された第1回口頭弁論は、8月後半になる見込みです。全ての皆さんの傍聴闘争への決起を訴えます。
(写真は、6月8日大阪地裁前での総括集会)

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2011年6月 7日 (火)

住宅明け渡し・更地化許さないぞ!7.26明け渡し弾劾裁判控訴審判決闘争に決起しよう!

5.31明け渡し弾劾裁判控訴審、証人申請却下・結審弾劾

 「不当な裁判を許さないぞ!」「証人を認めろ!」「支部1000名建設の力で打ち返すぞ!」住宅明け渡し弾劾裁判控訴審第一回裁判は、安原清藏裁判長の反動的訴訟指揮に対して、岡邨洋支部長、田中由加さんを先頭に傍聴席を埋め尽くした西郡住民・支援の労働者による怒りシュプレヒコールが爆発する怒りのるつぼと化し、支部1000名建設に向けた新たな闘いの戦闘宣言の場となった。
 5月27日大阪高裁202号大法廷は、マイクロバス三台で西郡から参加した住民、関西労組交流センターの支P1070609援の労働者によって埋め尽くされた。
 裁判は、最初に住民三人によるの意見陳述で始まった。 岡邨洋西郡支部支部長、田中由加さん、体調悪く欠席した辻西幸子支部書記長の意見陳述書は田中さんが代読した。(三人の陳述書は別掲)。三人の陳述は、八尾市と国の住宅政策を徹底弾劾し、八尾市の応能応益家賃制度の導入が西郡の村の二分の一を更地化し、団結と共同体としてのつながりを破壊、廃村にする攻撃であることを暴き出し、三人を先頭に西郡住民は絶対反対を貫いてたたかいぬくことをきっぱりと言い切った戦闘宣言だ。三人の陳述の迫力の前に、田中誠太・八尾市長の代理人として出席した住宅管理課職員はただうつむくだけで顔を上げることができない。
 続いて被告代理人から八尾市の住宅政策を弾劾する証人申請を行う。八尾市の更地化攻撃の対象の団地に住むAさんだ。Aさんは「自分は絶対に出て行かない」と決意している。 裁判所は、大傍聴団の迫力に恐れ、いったん控え室に戻って合議という体裁をとるが、結局、三人の意見陳述に応えることなく、証人申請を却下したのだ。断じて許さないぞ!証人調べを行え!「こんな裁判やったら裁判所なんかいらん!控訴審の結審を言って足早に法廷から逃げるように出て行く三人の裁判官、八尾市住宅管理課にたいして被告・傍聴団一体となった怒りのシュプレヒコールがたたきつけられた。
 総括集会では、岡邨支部長、田中さんから不屈に闘う決意が述べられた。証人に立つことを決意していたAさんは「残念だ。法廷に出て八尾市に怒りをぶつけたかった」とかたった。参加者は、裁判所の反動的訴訟指揮を弾劾するとともに、三人への住宅明け渡し絶対阻止、八尾市の西郡廃村化攻撃と対決する西郡支部1000名建設に向かって全力で突き進むことを共同の決意として確認した。
 次回、7月26日(火)午後3時 202号法廷に結集を訴えます。

                         陳 述 書

                                            2011年5月31日
                                              岡邨 洋

 八尾市の私たち3人に対する住宅明け渡し攻撃は、大資本が生き延びるために、本気で西郡の2分の1を更地化し、廃村にし、「お上に逆らわない、何も闘わないムラ」に変える、そのためにみんなの先頭で闘う私たち3人をムラから叩き出すという攻撃です。
 これに対して西郡には、国や行政と闘ってきたムラの歴史と誇り、団結と怒りがあります。解放運動の血と汗がしみ込んだ、そしていま新たな解放運動の拠点としてそびえ立つ西郡だからこそ、八尾市も後に引けないのです。住宅明け渡しは、単に、応能応益家賃制度、住宅問題のレベルの問題でなく、西郡の歴史と現在、未来の一切がかかった攻防です。

 八尾市の狙いは、昨年11月7日の「住み替え説明会」等を通して改めてはっきりとつかめました。住宅の建て替えは、高砂保育所跡地に建設中の「新1~5」号棟だけで、古い住宅からは住み替えろと言ってきています。古い住宅は住民ゼロのカラの団地にして、つぶして更地にして売りとばす。引越し先の住宅からも、家賃が上がり住めなくさせ追い出す攻撃です。
 この控訴審では、住宅の新たな住み替えの事実について証人を申請しています。証人の彼は「西郡をつぶすための、住み替えなどしない」と怒っています。
 八尾市と解放同盟本部派の吉村と地区協、ムラの裏切り者が手先となり西郡を更地にし廃村にしようとしている。ふざけるな!ムラのみんなが協力し、差別をなくす思いで国と闘って建てさせた歴史のある住宅です。八尾市や吉村、地区協の好き勝手にさせてたまるか!
 今年の八尾市議選で住民は、「利権のための運動はもういらない」、「地区協のムラ支配はもう終わりだ!」と吉村と地区協に決別し決起したのです。ついに、今までの吉村や地区協のムラ支配を木っ端みじんに吹き飛ばし、決着をつけたのです。

 非正規職化、首切りなどの新自由主義の攻撃が、部落差別を使って労働者階級を分断して、まず真っ先に部落民に襲いかかってきています。このとき、「差別だ」と言って国や行政に補償をさせる利権めあての今までの解放同盟本部の運動は、何の力にもならないどころか、運動の側からも「差別」を使って分断に竿をさし、この新自由主義の攻撃をより一層に進めています。
 西郡の本部派の運動も、部落民の真の解放ではなく、一部の解放同盟本部派の幹部やその傘下の地区協の利権に汚れた運動であり、私は、それが嫌で、嫌でしょうがなかった。
 しかし、住宅闘争14年の闘いと八尾北医療センター明け渡し阻止の10年の闘いが、私自身を転換させた。真の部落の解放が、労働者との闘う団結の拡大の中にあった! 人と人の繋がりと自分自身を解き放つ闘いが、私自身に部落民の誇りと労働者の誇りを蘇らせ、一緒に闘う事の大きさと団結に無限の力があることを私は掴み取りました。この新たな部落解放運動を手にした全国連西郡支部の真の部落解放を掲げ、前進していきます。

 私たち全国連西郡支部は、5月22日、関西狭山集会を西郡の地で、支部員さん、地域住民と闘う各地の労働者、学生の仲間と共に行いました。八尾北医療センター明け渡し阻止で10年闘う地元の拠点労組である八尾北労組、さらに八尾北命と健康を守る会と一丸となって闘いました。
 集会では、3・11、東日本被災地の現実は、新自由主義の破産の結果であること、「原発は安全」のお墨付きを与えてきた大資本、政治家、御用学者こそ、極悪の犯罪者なのだということを明らかにし、西郡・八尾北の闘いは、被災地労働者の生きるための必死の闘いと同じであることをはっきりさせました。西郡で、全国で、部落大衆、労働者の生きんがための闘いは巻き起こっています。
 今、西郡で起こっていること、住宅の追い出し、八尾北医療センター明け渡し、桂小学校・中学校の統廃合、老人センターの指定管理者制度の民営化の攻撃を打ち砕く、新たな部解放運動をムラの住民一人一人と繋がり一緒に作りだそう。闘う拠点として西郡支部1000名建設でムラを変え、社会を変えるんだと訴えました。
 この力で新自由主義と対決し、そして石川一雄さんと連帯し、第3次再審を勝ち取るんだと戦闘的にやり抜きました。

 もしも、資本、政治家、御用学者と一体となって「原発は安全」のお墨付きを与える判決を繰り返してきた裁判所が,私たち3人の住宅明け渡しを認め、西郡住民の「住む権利」「生きる権利」を法の名によって踏みにじることを繰り返すのならば、裁判所・司法に対する「幻想」を根底で打ち砕く弾劾の声となり、実力決起の合図となるでしょう。

 最後に 今日の住宅明け渡し控訴審で、応能応益家賃で住民を追い出した八尾市の西郡廃村攻撃の新たな事実の証拠に証人申請をしています。証人を認め、ただちに審理されるようお願いします。
 これで私の陳述を終わります。                              以上

                           陳  述  書                                                

                                               田中由加

 私たちは、家賃の支払いを無視しているのではなく、支払い意思があるから供託している。
 なぜ供託しているかは、この西郡は更地に建った団地ではない。私たちの先祖が、ひどい差別を受け(この差別も国が作り出したもの)、苦しい時代を生き抜いてきた中で西郡が少しでも良くなるならばと、土地や建物を手放した。
 立ち退きの条件として、団地への入居と一律低家賃が市長によって約束された改良住宅である。
 応能応益制度さえなければ、今でも西郡住民は幸せに暮らしている。それを地区協と八尾市・住宅管理課がグルになって私たちの生きる権利や住む権利さえも奪おうとしている。

 家賃問題解決の意思があることを田中市長に申し入れ、田中市長から現場の責任者と話し合いの場を持つよう約束した。
 私たちは何度も「来庁」しているのに、そのことはなかったかのように私たちが全く話し合いに応じなかったとウソをつく行政。裁判というのは、本当のことを言わないといけない場であるのに、本当の話をねじ曲げる行政。
 しかも司法は、その行政による権利侵害を正すべき立場であるにもかかわらず、同じように、私たちを追い出すような判決を出した。この判決が本当に正しいのか今一度考えてもらいたい。私たちの苦しい思い、長い間なぜ供託して闘っているのか、正しい判断をしていただけないならこんな裁判所なんていらない。

 昨年3月八尾市は市営住宅機能更新事業計画を出してきた。財政難だから新「1~5」号館を建てたらもう建て替えないと言っている。しかし新「1~5」号館は80世帯しか入れず、家賃は最高で10万円もするのだ。1号館~8号館12,13号館、店舗1~3号館に住んでいた世帯は328世帯あったのに、応能応益家賃で追いだし、空き家だらけにし、現在は88世帯になっている。その人達に住み替ろと言ってきている。
 さらに私が住んでいる17号館を含め14号館~23号館、28号館も「建替え予定」だが、建替えも改修もしないでそのままだといっている。高齢者が死んでいき、若者が出て行くのを待って追い出してつぶす気だ。
  さらに、私が学んだ桂小学校、桂中学校、そして私が今勤務している八尾北医療センターまでつぶそうとしている。

 民間用地が不足していると言って、市営住宅をつぶして更地にして売りとばそうとしている。ふざけるな。「全部建て替えると言っていたのに話が違う」「子供が働くようになってドンドン家賃が上がる。住めないのなら建て替えても意味がない」「西郡をつぶす気か」と怒りの声がわき起こってきている。こんなことを誰も許しはしない。

 たたかいはこれからです。団結のちからで、若者も住めるムラと住宅を必ず取りもどします。                                               以上

                      陳  述  書

                                               辻西幸子

 私は、68年間この村で生まれ育ち、この地で骨を埋める。子や孫にかて、普通の人生を終える権利があります。これがあたりまえやのに、この十数年間、地元議員吉村晴之の利権関係で、この改良住宅に応能応益家賃を、全国のトップを切って八尾市は適用しました。
 私たちは八尾市に抗議を再三しつつ、話し合いの場を求めてきました。しかし、八尾市は一切話し合いに応じず、今ここにいたってもそうです。
 その結果、地域の内から若い人は出て行かざる得なくなりました。若者が住めない、このままでは、この地域は、独居老人ばかりになり、親子も一緒に住めなくなり、親の看護もしかり、親から子に引き継がれる絆も薄くなってしまいます。
 すべては、応能応益家賃の結果です。応能応益家賃は、地域住民の住宅を取り上げ、人間の絆さえも断ち切ってしまう間違った制度、法律であることが、私たちの14年の闘いの中ではっきりしました。
 応能応益家賃は、廃止しかないんです。私はこれから先、何年生きられるか分かりませんが、この地域でもう一度以前のように家族が笑って安心して生活できる昔の生活に戻りたい。

 また、この度の一審の判決でも、私たちの精いっぱいの訴えや問いかけにも、何ひとつ耳を傾けていただけていません。改良住宅・同和住宅の建設の経緯、35年間の一律低家賃の実績、地元住民の合意なしの応能応益家賃導入のやり方、八尾市の卑劣な供託者つぶしの数々、応能応益家賃導入後のムラの現実、供託をつづけ話し合いを求め続けてきたこと、応能応益家賃がすでに破綻していることなどなど、何ひとつ一つ私たちの訴えに対して答えて頂けていません。

  挙句の果てには、末光議員と橋本建築長らの話し合いにおいて、橋本建築長が9月17日の期限を「一旦待つ」と約束したことを証拠に基づいて明確に認めながら、しかしながら、田中健治裁判長は、末光議員はおろか、その現場においては橋本建築長らさえも、思ってもいない様な作り話をでっち上げ、この話し合いは本裁判の被告ら3人以外の供託者についての交渉と解するのが相当と、白を黒と言いくるめる判決文を書き、住宅を明渡せと判決しました。
 私たちを法の下で殺しにかかっている、私も年のせいかそのように受け止めました。
100年、200年の先祖を守り続けてきた私には、目の前が真っ暗になりました。 

と同時に、裁判所は事実、真実にもとづいて公正、中立な判決を書くところとではないんだ。裁判長は追い詰められれば差別分断を使い、いくらでも白を黒と言いくるめる作り話をでっち上げて判決を書く。こんなことで人の一生、人生が決められてたまるものか。言いようのない怒りの中で、確信しました。
 狭山事件で殺人犯にでっち上げられ不当逮捕から48年にもなる無実の石川一雄さんの怒りや無念がどれほどのものなのか、その一端を身をもって知りました。

 前回の裁判では、私たちの思い、願いは届きませんでした。残念です。
どうかこの度においては、何とか地域のみんなが、笑いながら生活できるよう、裁判官の思いで、判断で取り組んで下さい。
                                                                  以上

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2009年11月13日 (金)

田中市長、八尾北労組委員長ら7名全員の証人採用を行え

裁かれるべきは八尾市田中市長、橋本建築長だ!

裁判所は田中市長、八尾北医療センター労組委員長らの全証人の採用を行え!

11月6日(金)、差押え弾劾裁判は、大阪地裁808号法廷で開かれた。裁判は重大な決戦局面を迎えている。法廷では被告代理人より、末光道正・八尾北医療センター院長・八尾市議、藤木好枝八尾北医療センター労組委員長、被告の辻西幸子さん、田中由加さん、岡邨洋さんの本人尋問とともに、田中誠太八尾市長、橋本安夫建築長(当時)の証人申請を行った。この証人申請は、被告である岡邨西郡支部支部長が意見陳述で述べているように、誰一人も欠かすことのできない証人です。
証人採用を裁判所に迫るべく、傍聴席は、西郡から駆けつけた住民、杉並支部、品川支部のきょうだい、共闘の労働者で埋め尽くされた。被告三人を代表して、岡邨西郡支部支部長が意見陳述を行った(別掲)。傍聴席からは、岡邨さんの意見陳述に応え、一つとなって力強いかけ声がかけられた。
 裁判長は、岡邨さんの意見陳述のあと、八尾市代理人の重(しげ)弁護人に意見を求めた。重代理人は、「意見所を提出するので一ヶ月ほど時間が欲しい」と述べた。また裁判所は、原告側の承認申請の予定はないかと尋ねたら、「ない」と答えた。このため12月7日までに提出することが決められた。これに対する被告側の反論提出も確認された。
  そして、次回裁判が来年1月8日(金)午前10時とし、この日に裁判所は証人の採否を決めると表明した。1月8日の裁判に多くのみ阿讃の簿婦超決起を訴えます。

12月4日(金)11時、差押え弾劾裁判(大阪地裁807号法廷)に決起しよう

 さらに、差押え弾劾裁判も、同じように証人採用をめぐって重大な局面を迎えています。すでに裁判所に対して、原告団代表2名と原告団の家族、末光道正八尾北医療センター院長・八尾市議とともに、田中誠太八尾市長、橋本安夫建築長(当時)、石田広治次長(当時)の、計7人の証人申請を行った。この採否が12月4日(金)に予定されている裁判で決定されることになっています。この差押え弾劾裁判での証人採用と、明け渡し弾劾裁判のおける証人採用は一体です。12月4日(金)11時から裁判に全力決起し、全証人採用を勝ち取り、八尾市を徹底的に裁く裁判として勝ちとっていこう。




                   意 見 陳 述

                                                                  09年11月6日
                                                       岡邨 洋

 本日証人申請した7人について、ぜひとも裁判所が、全員採用されることを訴えます。
 私たち三人にかけられた明渡請求が、いかに不当で、卑劣なやり方で行われようとしているのかを明らかにするためには、申請の証人は誰一人も欠かすことはできません。とりわけ、田中誠太・八尾市長、八尾北医療センター労働組合委員長の証人採用を、ぜひとも決定していただきたい。そのことの必要性について意見を述べます。
 私たち三人の住宅追い出しの経緯について、八尾市側の考え、動きについて明らかにする必要があり、それは最高責任者、田中市長からしか明らかにできません。田中市長の証人尋問は絶対に必要です。
 私たちの、西郡住宅は、戦後の労働運動と部落解放運動の高揚の中、労働者と部落民の団結で、差別行政糾弾し、誰もが安心して住めるよう、みんなが協力して建てさせた住宅です。
 このようなたたかいの成果を破壊し、住宅を食い物にしてきたのが、応能応益家賃制度であり、住宅の民営化攻撃です。
 この制度で、若者は住宅から追い出され、ローン地獄に叩き込まれ、西郡では、高齢者が取り残され、孤独死があいついでいます。こんな制度は廃止以外にない! 八尾市がこの制度を妥当だとする根拠はどこにあるのか!どこにもない!八尾市・田中市長、元住宅管理課・橋本建築長、国に屈服した解放同盟本部派の吉村議員に見返りを与えて結託し、住民をウソとダマシと脅しで追い出したのです。
 しかし、こんな脅しはいつまでも通用しない!断じて許さない!!
 私たちは、供託を堅持し、団結で10年以上たたかい抜いている。
 やはりこのたたかいが、2.26の森本さんの決起を生み出し、6000万労働者のたたかいとなった。そして、8.30で私たちは、ついに新自由主義をすすめてきた、自民党政権をぶったおした。裁かれるべきは、田中市長です!
 八尾市の田中市長の父親の田中三郎氏は、部落解放に力をそそいできた人物です。西郡の市営住宅の建設にも関わりました。だから私たちは、末光議員を通して、田中市長の就任当初から話し合いを要求してきました。
 一旦、田中市長は、供託者の住民と話し合いをし、現場、住宅管理課と話しを設定すると約束をしました。ところが突然、私たち3人に対して住宅明渡請求を行ったのです。絶対に許すことができません。いまでは、「話し合いで解決する」といったことさえ否定し、あろうことか07年8月27日に末光議員と住宅組合会長と会ったことさえ、記録にないと否定しているのです。ウソとだまし、差別と脅し、八尾市行政の差別的あり方を、田中市長は体現していのだ。郵便貯金差押え、年金差押えを行ったのも田中市長だ。断じて許すことはできない。証人尋問でこれらのことを明らかにしなければなりません。
 また、藤木好枝・八尾北労組委員長の証人採用をぜひしていただきたい。
 私たち三人の住宅追い出しは、住宅闘争つぶし、解放運動つぶしだけではなく、労組の団結を破壊し、八尾北医療センターを民営化する攻撃です。
 田中由加さんは労組副執行委員長、私は労組執行委員です。辻西さんは労組員です。だから労組破壊として狙われたのです。このことを明らかにするためにも、藤木委員長の証人尋問は絶対に必要です。
 2006年12月、八尾市は、住宅の民営化、八尾北医療センターの民営化を進める為に、八尾北医療センターに勤める、私たち3人の給与の差し押さえをしてきた。これは、私たちの生活を奪い、路頭に放り出し、死んでもかまわない攻撃です。
 八尾市の不当な給与差し押さえで、私たち3人と家族は、地獄に叩き落とされた気持ちに追いやられました。しかし,ここで屈服するのか、このたたかいの正義を貫くのか、人生をかけた選択でした。こんな卑劣な弾圧で私たちのこれまでのたたかいを無にする事は出来ない!私たち3人だけのたたかいではなく、たたかう仲間と一緒にたたかう事を決意しました。こうした決意ができたのも、八尾北労組の仲間が、この弾圧を一緒に打ち砕こうと言ってくれたからです。八尾北医療センター労組は、この狙いは、八尾北医療センターの労組の団結破壊だ!労組は、理不尽な供託つぶしの差し押さえ、明け渡しには、屈さない。誇りをかけてたたかう仲間を見捨てないと八尾北労組が軸となり、全国に住宅闘争基金を訴え、たたかいを逆に拡大しています。 追い詰められているのは、八尾市です!
 田中市長は、八尾市の800事業を見直し、民営化にしようとしています。
 私たちが勤める八尾北医療センターの民営化・売却もその中の重要な柱になっています。
そこで、供託者とともに闘っている八尾北医療センター労働組合をつぶしておかないとにっちもさっちもいかなくなっているのです。 そのために、八尾北労組の役員をしている私たちをつぶすために、住宅追い出しが行われているのです。まさに労組破壊、団結破壊です。
 今や追いつめられ、自らが契約違反をおこない、売却のための鑑定をみとめないなら契約解除にするというウソとダマシと脅しのやり方を、ここでもやっているのです。  
我々は、民営化を絶対に許せない!この点を暴露するためにも藤木委員長の採用は必要なのです。
 裁判所が、本日証人申請した7人全員の採用されることを訴えて、意見を終わります。以 上

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2009年11月 5日 (木)

田中市長、八尾北医療センター労組委員長の証人採用勝ち取ろう

田中八尾市長、八尾北医療センター労組委員長の証人採用を勝ち取ろう

住宅追いだしと民営化の張本人・田中市長を法廷に引っ張り出そう!

11・6明け渡し弾劾裁判の傍聴闘争に決起しよう

Dsc02089   11月6日(金)11時 大阪地裁808号法廷
    
     10時半地裁北門前で集会をやります。ご参加下さい


 11月6日、大阪地裁で開かれる明け渡し弾劾裁判で、住宅追い出しと民営化の責任者である、田中市長と橋本建築長(当時)を法廷に引っ張り出すために、みなさんの傍聴闘争への決起を訴えます。
 被告・弁護団は、この二人と共に、末光院長と藤木八尾北医療センター労組委員長、それに被告三人の計7人の証人調べを申請しています。誰一人欠かすことはできません。

田中市長の証人採用を勝ち取ろう!

 とりわけ田中市長は、市長就任当初こそ「話し合いで解決する」様なことを言いながら、突然、3人に対して住宅明渡請求を行った責任者だ。ウソとだまし、差別と脅し、八尾市行政の差別的あり方を田中市長は体現している。郵便貯金差押え、年金差押えを行ったのも田中市長だ。断じて許すことはできない。しかも、今になって、末光議員と住宅組合会長とあたことさえ、記録にないとしらばっくれているのだ。三人の住宅追い出しの経緯について、最高責任者、田中市長から明らかにさせなければならない。田中市長の証人尋問は絶対に必要だ。法廷内外、一体となった力で証人採用を勝ち取ろう。
 田中市長は、橋下知事とともに道州制=新自由主義を推進してきた。八尾市800事業を点検し、ドンドン民営化しようとしている。鳩山政権が行おうとしている「事業仕分け」の先取りだ。
 田中市長になって以来、民営化はドンドン進んでいる。市営住宅についても「公営住宅のあり方検討」において、指定管理者制度導入が来年からはじめることを明らかにしている。
 その事と一体のこととして市営住宅の住民の追い出しがドンドン行われている。田中市長になって以来、50万円までは市長の専決事項であると言って、家賃を払いたくとも払えない住民を、議会にもかけずに、「裁判にかけるぞ」の脅しでどんどん追い出している。
 そして応能応益家賃制度で高齢化と共同体としての疲弊が進むなかで、市営住宅の売り渡し、民営化を進めているのだ。差別と闘って立てさせた住宅を市長の勝手にはさせない。
 
裁かれるべきは、八尾市・田中市長だ!

 被告である岡邨洋西郡支部長は、
『八尾市の不当な給与差し押さえで、私たち3人と家族は、地獄に叩き落とされた気持ちに追いやられました。しかし,ここで屈服するのか、このたたかいの正義を貫くのか、人生をかけた選択でした。こんな卑劣な弾圧で私たちのこれまでのたたかいを無にする事は出来ない!私たち3人だけのたたかいではなく、たたかう仲間と一緒にたたかう事を決意しました。』
と決断し、闘いの先頭に立ったのです。
 裁判に田中市長を引っ張り出し私たちの手で裁こう。
 さらに藤木八尾北労組委員長の証人採用を勝ち取ろう。三人の追い出しは、労組の団結を破壊し、八尾北の民営化、住宅闘争つぶし、解放運動つぶしです。労組はこの攻撃を組合員全体への攻撃ととらえ、組合一丸となって反撃に起ちあがった。西郡支部、八尾北命と健康を守る会とともに住宅闘争基金を立ち上げ、全国へも支援を呼びかけ闘った。
 八尾北つぶし、八尾北民営化攻撃を暴くためにも藤木委員長の証言が必要です。絶対に証人採用を勝ち取ろう
全ての皆さん、傍聴闘争に決起し、法廷での被告、弁護団の闘いと一体となって全証人の採用を勝ちとろう。とりわけ田中市長、藤木労組委員長の証人採用を勝ち取ろう。
(写真は、9月11日明渡弾劾裁判が終わり、裁判所前で行った総括集会)

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2009年7月 8日 (水)

7・10裁判-7・12西郡支部大会に参加しよう

7・10明け渡し弾劾裁判に参加しよう

    7月10日(金)午前10時大阪地裁
      *9時半に大阪地裁北門に集まって下さい。


6月5日(金)差押え弾劾裁判闘争

6・5差押え弾劾裁判は、86歳のNさんが、八尾市住宅管理課に怒りを爆発させ、鬼気迫る気迫をもって意見陳述を行った。西郡の解放運動を担い、体現してきたNさんの陳述は、満員の傍聴団の闘いと一体となり、住宅管理課を震え上がらせ、裁判官を圧倒した。
 以下、Nさんの意見陳述を掲載します。


     意 見 陳 述 書

                                                                  2009年6月5日
                                     意見陳述人 N

1 私はNといいます。
  私は、大正12年2月13日に西郡で生まれました。現在86歳です。生まれたのは幸町2丁目付近です。当時は『くさか借家』に住んでいました。現在の木村公園の近くです。
  連れ合いも近所で生まれています。

2 吉村議員の「見返り」発言は絶対に許せません。
  私は、40才ころ井上会差別事件の糾弾闘争を闘いました。これを契機に差別行政反対の闘 いに取り組みました。ムラの宣念寺に集まり、夜を徹して議論し、あるいは八尾市と交渉しました。国に対しても住宅建設をやらせるために、私も、何回も東京に行き、何度も国と交渉しまし た。この団地はみんなの団結の力で国に建てさせた住宅です。みんなが土地や、家を立ち退 いて協力して建てた住宅です。それなのに住民の同意もなしに、八尾市がなんで勝手に家賃 の値上げができるのか、おかしいです。
  応能応益家賃制度では、家賃の計算は、最初は世帯主だけの収入だったけど、それが 夫婦の収入、子供がおったら子供の収入も入れるといいます。これやったら家賃がドン ドン上がって生活ができなくなってしまいます。
  私は応能応益家賃制度はおかしいと思って、97年9月に開かれた八尾市の住民説明会に参加しました。500人くらいが解放会館に集まりました。家賃の説明があって、その時自 分は八尾市行政に「なんで値上げするんだ」と詰め寄りました。そしたら部落解放同盟西郡支 部の女性の役員が「建て替えるから値上げするんだ」と押さえにかかってきたのです。私は、八尾市と西郡支部がこんなことを勝手に決めていることにおかしいじゃないかと言いました。吉村議員はその時反対すると言ったが実はすでに寝返っていました。西郡支部はみんなの声を抑 えて決めていっていました。
  私は、「どういう事や」と思って吉村議員のところに乗り込んで行ったこともあります。
  吉村議員は、「見返り」を隠し、開き直りました。
  八尾市は、それ以後西郡支部の幹部の金もうけになるような改修ばかりして、一方で家賃を 値上げしていったのです。みんなの声を全然聞こうともしなかったのです。吉村議員がこの村をダメにしてしまったのです。
  私たちが村のためにと運動して国に建てさせた意味がなくなってしまいます。一部の解放同 盟の幹部の利益のために住宅の家賃が上がり、私たちが住めなくなってしまうことは絶対許せません。
   吉村議員の「見返り発言」は、これまで私が言ってきたことが真実やった事を白状したということです。
   ムラのみんなの生活を、行政の手先となり、自分たちの利権のために売り渡した、こんな利権まみれの吉村・解放同盟西郡支部の地区協は絶対打倒しなければならなりませ ん。
  利権を使って住民を分断し、住民を追い出す八尾市は絶対に許せません。

3 私が生まれた当時の西郡は田んぼばっかりでした。
  両親とも花緒の仕事をしていました。花緒の仕事がないときは外に働きに行っていま した。だから私は、おばあちゃんに育てられました。家では花緒の仕事をやっていたの で、私も手伝っていました。
   花緒の仕事は、1年のうち半年ぐらいしかなく、仕事のあるときは、納期に追い立てられ、家族総出で働かなければなりませんでした。どこの家庭でも、そんな時は子どもに学校を休ませていました。私も朝から、夜中まで働きました。家での花緒の手伝いのため、学校には行ったりいかなんだりでした。小学校には1年か2年、小学校の途中までしかいけませんでした。生活が精一杯で、学校には行かせてもらえなかったのです。
  戦争中も花緒の仕事をしていました。戦争が終わってからも、昭和の40年ぐらいまで花緒の仕事をしていました。高度成長と共に生活も代わり、花緒の仕事が廃れていく中で、花緒の仕事がなくなり、それ以後は、大工とか土方をしてきました。
 昭和40年ぐらいから長瀬川の下水の処理、川の掃除をしていました。八尾市と東大 阪にかかわる、農協の仕事です。この仕事を定年の63歳までしていました。当時一日 働いて190円でした。退職後は仕事をしていません。

  私の兄弟には、長男がいましたが、生まれて直ぐになくなりました。それで私が次男やけども長男になりました。私は昭和22年に結婚し、3人の子どもを授かりましたが、長女を、生後八ヶ月でなくしました。西郡にすんでいる人はどこもそうですが、差別のために栄養状態や、生活環境が悪く、幼いうちに子どもがなくなる人が多かったのです。
 3人いた弟のうち二人の弟はすでになくなり、一番下の弟が西郡市営住宅に住んでいます。

   私は結婚しても、両親と同居し、わたしたちは長屋の二階に住んでいました。
 今住んでいる西郡市営住宅には、団地が建って直ぐに入りました。昭和46年か47年ごろです。当時部落解放同盟西郡支部の役員で、八尾市議会議員の北村善三さんから、「ここに入れ」という指示があったので入りました。入居については、八尾市も 解放同盟に任せっきりでした。私の両親は16棟に入りましたが、私の息子は市営住宅に入ることができず、高砂の府営住宅に移り住みました。
  長屋を立ち退くに当たって、市長や住宅管理課とは会っていません。また長屋を立ち 退くときに、立ち退き料はもらっていませんし、何の補償もありませんでした。
 当時長屋の家賃は300円ぐらいでした。団地にはじめて入ったとき、家賃は900円でした。今後も家賃が上がるんやったら入るのはいらん、と言いました。しかし解放同盟の人からいけと言われたので、仕方なく入りました。

4 今住んでいる団地は、6畳、4畳半、3畳、炊事場です。畳も3年に一回張り替える という約束でしたが、入って3年目に一回あっただけで、それ以降一回もありません。 私は、最初の時は、まだ畳も新しくもったいなかったので、畳替えはその時しませんで した。畳替えの話しはそれっきりです。
 風呂はありませんでした。5階建てなのにエレベータもありません。10年ほど前に自分でお金を出してベランダに簡易風呂を作りました。それまでは風呂屋にいっていました。八尾市がしたことといえば、炊事場の流しを新しいのにかえてくれたことぐらいです。これは裁判があったので、八尾市が急きょやったものです。値上げするから、どっかなおしておかないと値上げでけへんから、裁判のためにやったのです。押し入れのふすまなども自分で換えました。
 二階に入った人が、水を流したたために、水が漏ってきたことがありましたが、その時、天井も自分で張り替えました。八尾市はなにもしてくれません。

5 家賃は900円から、6700円まで上がりました。初め下げるといっていたが、「家を修繕して建て増しするから家賃あげる」、「修理し、これだけかかったから、家賃上げる」と吉村議員が言ってきました。
 私は、「そんなんやったら建て替えなんかいらん」とこたえました。
 10年の間に家賃あげるからと吉村議員が言ったが、「納得でけへん」と言いました。 それで10年前に供託をはじめたのです。
 もともと家賃は、2800円やったのが、収入申告してないということで平成11年度に、32600円になってしまいました。平成12年に若干安くなったけれども、31700円に共益費を加えたら、32500円、10倍以上になっています。
 近傍同種家賃といってべらぼうな家賃をふっかけているが、悪徳サラ金まがいの家賃 のおしつけで、絶対に許せません。
   改修のためと言うのもウソです。住民を追い出すために出されたのが応能応益家賃制度です。
  こんな制度は廃止以外にありません。

   2月26日の森本さんへの強制執行は森本さんだけでなく、私や住民全部を追い出す 攻撃であることははっきりしており、絶対に許せません。住宅闘争は労働者みんなの「生 きさせろ」のたたかいです。団結してたたかおう。
   
    最後に、今回の八尾市による年金差押えは、私たち夫婦の生きる権利を奪い、「死ね」、という攻撃です。絶対に私たちは負けません。八尾市は差し押さえた年金をみんなに返し、謝罪せよ。

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